辺境のカンガルーの近況
初めての絶望
もうひとつだけ、夏の思い出を書いておきましょう。
と言っても今年の夏のことではなく、小学生の頃の夏の思い出です。
私の両親はとある離島の出身で、昔は夏休みのたびに帰省していました。
田舎に何週間も滞在するので、いろんな昔ながらの夏の遊びをするわけです。
もちろん、親戚の子供たちと一緒に海に泳ぎに行ったりもしますね。
その中で、今でも鮮明に思い出せる、海で怖かった思い出がひとつあります。
「くろむし」と呼んでいた海の生物が苦手でした。
海中の岩の淵とかにいてて、ぱっと見た感じ岩の影っぽい。
でもなんかのっぺりと黒いんです。そんな漫画みたいな影あるかっていうくらい。
黒い海牛だと思うんですけどね、今思えば。
思い出せる記憶は、晴れた日の海に立っているとこからはじまります。
兄貴や従兄弟たちとはぐれたのか、胸くらいの深さの海に一人で立っています。
陸に戻らなきゃと意を決して息を吸い込み、全力でバタ足。
海水は目にしみるので目を瞑り、とにかくばっしゃばっしゃ。
息が限界。岩場まであと数十センチを期待して薄目を開けます。
そしたら視界いっぱいに広がるくろむしの群れ。
あまりの驚きにがっふぉぉぉ!!と海水を飲み、暴れながら立ちます。
なんとか普通の海底の上に立てたものの、周りは完全にくろむしに囲まれています。
心は粉々に砕け、足の力はへろへろに抜け、そこかしこに黒々したやつらがゆらゆら。
海の真ん中で、半泣きで立ちすくんだ苦い記憶があります。
どうやって切り抜けたのかは覚えていません。
きっと、親戚のおじさんあたりに助けてもらったんだと思うんですが。
立ちすくんだときの太陽のじりじりした感覚、やたら遠く見える砂浜、妙に静かな波や風の音。
その情景や感覚をものすごく鮮明に覚えています。
黒糖の麩菓子を食べていたら、ふとそんなことを思い出しました。
うん、思い出したら、なんか食べたくなくなってきたな、これ…。
夏に麩菓子ってなかなかキツいですね。もっさもさ。
いつかまた見てみたいですね、あの海。